「きゃー! 助けてーーー!!」

森に響く女の悲鳴。その声色は、かなりの切迫さを物語っていた。でも、ここで慌ててはいけない。無法者が渦を巻いている開拓時代末期のアメリカ西部では、悲鳴のひとつやふたつは珍しくもないのだ。なごやかに話をしていた相手に、いきなり銃をぶっ放されるくらいだからな(それ自分だろ)。

しかし、いかに日常茶飯事な悲鳴とはいえ、かなり近場で発生しているとなると看過はできない。男は乗っていた馬を「どうどう!」と制止し、キョロキョロとあたりを見回した。

雨が上がったばかりの、空気の透明度が高い昼下がりの出来事である。

神経を集中させた男の耳に、再び悲鳴が届いた。

「誰かーーー!! 人さらいよーーーー!!」

「なるほど」

と男は独りごちた。この時代の無法者が狙うものと言えば、金、家畜、女と相場が決まっている。今回はその中の人さらいが発生したわけだ。

「やれやれ」

男はため息をつきながら、悲鳴の方向に踵を返した。想像以上に、現場は近そうだ。……ていうか、勝手に事件のほうから近づいてきやがった。

ちょっとあんた!! 人さらいって言ってるでしょ!! 助けなさいよ!!!

前方から猛烈な勢いで突っ走ってきた馬の上から、女が金切り声をぶつけてきた。……アンタって、俺のことか??

「ボケっとしてないで助けなさいよおおおぉぉぉぉ……オマエェェェ……

ドップラー効果の尾を引きながら、女を縛り付けた馬が遠くに駆けていった。いかに火急の事態とはいえ、初対面の男に対してアンタだオマエだと口汚く言う女を助けてあげる義理はない

しかし男はニヤリと笑い、人さらいが消えた方向に向かって馬を走らせた。コレコレw こういう事態を待っていたのだ。蛮勇を振るっても正当防衛と言える、このタイミングを! 「やった!! 暴れられるぞ!!」

人さらいは、すぐに見つかった。やはり、人をふたり乗せての騎乗ではスピードに限界があるのかもしれない。

ヒーローの登場に、女はしおらしくラブラブ光線を照射してくる……と思いきや、ヤツの口の悪さは変わらなかった

「あんた!! 遅いじゃない!! 早く助けなさいよ!!!(怒)」

まだ上から言うかこの女!! 助ける気なくすわマジで……。

それでも、男は弓を構えた。さっきまで獣狩りをしていたので、装備していたのが弓だったのである。

第4コーナーを回って残り1ハロン……ってくらいスピードが乗っている状態での射的である。なかなかの難度ではあったが、男は矢を発射した。

ピュンピュン!!

空気を切り裂いて飛んだ2本の矢は、見事、馬を操縦するならず者に命中した。

「よし! 仕留めた!!」

いまやトップスピードで走る馬から、木偶のごとく転げ落ちるならず者。それを見て、俺も馬にブレーキをかけた。「どうどう! 止まれ止まれ!」。さあさあ、いまからならず者にトドメを刺して、奪えるものは奪ってくれよう。けけけけ。追剥タイムや。

ピクリともしないならず者に近づく男。そんな男に向かって、またまた金切り声が轟いた。

ちょ、ちょっとおおぉぉぉぉ…………馬から降ろしなさいよぉぉぉぉぉ……………

ドップラー効果を発生させながら、森に吸い込まれていく女の悲鳴。言われてみれば確かに、がんじがらめに縛られていたから、誰かが手助けしてあげないと馬から降りることもできないんだな。

男は、0.04秒だけ考えたのち、つぎの結論を出した。

「ま、いっか」

口汚い女のその後を、知る者はいない。

完。

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